マズローの欲求階層説

2026.08.22
理論から学ぶ

マズローの欲求階層説とは

マズローの欲求階層説とは、人間の行動を動機づける欲求には、一定の階層的な関係があると考えた理論です。

アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(Abraham H. Maslow)が、1943年の論文「A Theory of Human Motivation(人間の動機づけに関する理論)」で示した考え方が、その基礎となっています。

一般には、人間の基本的な欲求を、

生理的欲求
安全の欲求
所属と愛の欲求
承認の欲求
自己実現の欲求

という5つから捉える理論として知られています。

なぜ、人は働くのでしょうか。

生活するため。安心して暮らすため。仲間と一緒にいたいから。誰かに認められたいから。自分の能力を生かしたいから。

人を動かすものは一つではありません。

マズローは、人間が持つさまざまな欲求に一定の関係があり、ある欲求が満たされることで、それまで前面に出ていなかった別の欲求が、より重要なものとして現れてくると考えました。

人間は、満たされても
また何かを求める

空腹のとき、人はまず食べることを求めます。しかし、毎日十分に食べられるようになったからといって、人間の欲求がすべてなくなるわけではありません。

安心して暮らしたい。

誰かとつながっていたい。

認められたい。

自分の能力を生かしたい。

一つの欲求がある程度満たされると、それまで強く意識していなかった別の欲求が前面に出てきます。つまり、人間は一つの満足を得れば、それですべてが終わる存在ではありません。

満たされることで、また別のものを求める。

マズローは、人間をそのような存在として捉えました。 そして、人間の基本的な欲求には、相対的な優先関係があると考えました。


1.生理的欲求

もっとも基本となるのが、生命を維持するための生理的欲求(Physiological Needs)です。食べること、飲むこと、眠ることなど、人間が生きていくために必要な欲求がここに含まれます。

例えば、極度に空腹な状態にある人にとっては、仕事で評価されることや自分の可能性を追求することよりも、まず食べることが重要になります。生命そのものに関わる欲求が十分に満たされていなければ、その欲求が人の意識や行動を強く動かすことになります。

2.安全の欲求

生理的な欲求がある程度満たされると、次に安全の欲求(Safety Needs)が重要になります。

危険から守られていること。生活が大きく脅かされないこと。秩序や安定があること。

単に今日を生きられるだけではなく、明日も安心して生きられる状態を求める欲求です。仕事という場面で考えれば、安心して働ける環境や生活の安定なども、この視点から考えることができます。

3.所属と愛の欲求

生理的な状態や安全がある程度確保されると、人は他者とのつながりを求めるようになります。

これが所属と愛の欲求(Love and Belongingness Needs)です。

家族や友人との関係。仲間として受け入れられること。集団の一員であると感じられること。誰かを愛し、誰かから愛されること。

マズローがここでいう「愛」は、単に誰かから愛情を受け取ることだけではありません。愛することと、愛されることの両方を含んでいます。

また、愛の欲求を性的な欲求と同じものとして捉えているわけでもありません。人間は、一人で安全に生きられれば、それだけで満足する存在ではありません。誰かとつながっていること、自分の居場所があることも求めます。

会社もまた、人が多くの時間を過ごす集団です。「自分はこの会社の一員である」「ここに自分の居場所がある」と感じられることも、人間の欲求という視点から見ることができます。

4.承認の欲求

人とのつながりだけでなく、人は自分自身を価値ある存在だと感じたいという欲求を持っています。これが承認の欲求(Esteem Needs)です。マズローは、承認に関わる欲求を大きく二つの側面から捉えています。

一つは、自分には能力がある。何かを達成できる。自分自身に自信を持てる。自立して行動できる。といった、自分自身に対する評価です。

もう一つは、他者から認められる。尊重される。評価される。といった、他者からの評価です。したがって、承認の欲求は単純に「人から褒められたい」という欲求だけではありません。

マズローが重視したのは、うわべだけの称賛ではなく、実際の能力や達成に根ざした自己尊重や、他者からの尊重でした。自分自身を価値ある存在だと思えることと、他者からもその存在を尊重されること。 その両方に関わっています。

5.自己実現の欲求

生理、安全、所属と愛、承認といった欲求がある程度満たされても、人はさらに何かを求めることがあります。マズローは、それを自己実現の欲求(Self-actualization Needs)として捉えました。

自己実現とは、社会的に成功することや、高い地位につくことだけを意味するものではありません。自分が持っている可能性を実現し、自分がなり得るものになろうとすること。

その姿は人によって異なります。仕事を通じて能力を発揮する人もいるでしょう。何かを創造する人もいる。誰かを育てることに力を注ぐ人もいる。自分が持っている能力や可能性を、より十分に生かそうとする。

それが自己実現の欲求です。


5つの欲求は、
単純な「階段」ではない

※欲求の相対的な優先関係を示した概念図です。実際には複数の欲求が同時に存在し、順序にも例外があります。

マズローの欲求階層説は、現在では5段階のピラミッドとして説明されることが多くあります。ただし、マズロー自身が、この有名なピラミッドの図を示したわけではありません。

後に欲求の階層を分かりやすく表現する図として広まり、現在ではマズローの理論を象徴するようになったものです。

そして、このピラミッドを見ると、

という、一段ずつ階段を上っていくような仕組みに見えるかもしれません。

しかし、人間の欲求はそれほど機械的ではありません。マズロー自身も、一つの欲求が100%満たされなければ次の欲求が現れない、と考えていたわけではありません。

実際には、安全を求めながら人とのつながりも求めることがあります。認められたいと思いながら、自分の能力をもっと生かしたいと思うこともあります。

また、人によっては欲求の優先関係が一般的な順序とは異なる場合もあります。一つの行動にも、複数の欲求が関係していることがあります。

つまり、5つの欲求は、人間を機械的に5段階へ分けるためのものではありません。

重要なのは、ある欲求がある程度満たされることで、それまで背景にあった別の欲求が、より強く意識されるようになる。 という考え方です。

満たされた欲求は、
次第に人を動かさなくなる

欲求と動機づけの関係について、もう一つ重要な考え方があります。強い空腹を感じているとき、人は食べることを強く求めます。

しかし、十分に食べられる状態が日常になれば、「今日も食事ができる」ということだけで、毎日の行動が強く動機づけられることは少なくなります。ある欲求が十分に満たされると、その欲求は人を動かす中心的な力ではなくなり、別の欲求が前面に出てくる。

人間は、一つの満足にとどまり続けるのではありません。満たされることで、次に求めるものが生まれてくる。ここに、マズローが考えた人間の動機づけの特徴があります。

マズローの理論から、人を見る

マズローの欲求階層説は、経営の場面では「社員のモチベーションを高める理論」として紹介されることがあります。

しかし、「この社員は安全欲求の段階だ」「この人は承認欲求が強い」「給料を上げたから、次は自己実現だ」と、人を5つの箱に当てはめるための理論ではありません。

人間の行動の背景には、外から見ただけでは分からないさまざまな欲求があります。

経営をしていると、「なぜ言ったことをやらないのか。」「何を考えているのか。」「本当にやる気があるのか。」と思うこともあるでしょう。

目の前の行動だけを見れば、「能力がない」「やる気がない」と結論づけたくなることもあります。しかし、その人の内側では別のことが起きているかもしれません。失敗することへの不安があるのかもしれない。職場に自分の居場所がないと感じているのかもしれない。努力しても認められないと思っているのかもしれない。もっと成長したいのに、その方法が分からないのかもしれない。もちろん、マズローの理論だけで、一人ひとりの行動の理由を説明できるわけではありません。

それでも、

「なぜ動かない?」と結論を出す前に、
「この人は、いま何を求めているのだろうか」と考えてみる。

マズローの欲求階層説を知ることは、目の前に見えている行動だけではなく、その人の内側にあるものへ目を向ける、一つの視点になります。


マズローから、その先へ

マズローの欲求階層説は、人間の動機づけを考えるうえで大きな影響を与えた理論です。一方で、人間の欲求を階層として捉えることについては、その後さまざまな研究や理論が生まれました。

その一つが、クレイトン・アルダファーのERG理論です。

ERG理論では、人間の欲求を、

存在(Existence)
関係(Relatedness)
成長(Growth)

という3つから捉えます。

マズローの理論と何が同じで、何が違うのか。二つの理論を続けて学ぶことで、人間の欲求と動機づけを、もう一段深く考えることができます。


関連理論|ERG理論とは

人間の欲求を「存在」「関係」「成長」の3つから捉えたアルダファーの理論。マズローの欲求階層説との違いから、人間の欲求をさらに考えます。

→ ERG理論 ※今後掲載予定


参考文献

  • Maslow, A. H. (1943), “A Theory of Human Motivation,” Psychological Review, Vol. 50, No. 4, pp. 370–396.
  • Maslow, A. H. (1954), Motivation and Personality, Harper & Brothers.
  • Bridgman, T., Cummings, S. & Ballard, J. (2019), “Who Built Maslow’s Pyramid? A History of the Creation of Management Studies’ Most Famous Symbol and Its Implications for Management Education,” Academy of Management Learning & Education, Vol. 18, No. 1, pp. 81–98.

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