人は、どのような難しさの課題に挑戦するのか
仕事には、比較的簡単に達成できるものもあれば、努力や工夫を重ねなければ達成できないものもあります。
では、人は難しい仕事ほど、挑戦したいと感じるのでしょうか。簡単な仕事であれば、成功する可能性は高くなります。しかし、達成できて当然だと感じる仕事では、大きな達成感は得られないかもしれません。
一方、非常に難しい仕事は、成功すれば大きな達成感が得られるとしても、成功する見込みがほとんどなければ、挑戦する意欲が高まらないこともあるでしょう。 こうした課題の難易度と人の動機づけの関係を説明するのが、アトキンソンの達成動機理論(Achievement Motivation Theory)です。
アトキンソンの達成動機理論とは何か
アトキンソンの達成動機理論は、心理学者ジョン・ウィリアム・アトキンソンによって発展した動機づけ理論です。アトキンソンは、人が課題に取り組むときの動機づけを、成功への期待と成功したときの価値、さらに成功を求める傾向と失敗を避ける傾向との関係から説明しました。
この理論では、人が課題に挑戦するかどうかは、単に仕事が難しいか、簡単かということだけでは決まりません。成功する可能性をどの程度感じているか、成功することにどれほどの価値を感じるか、また失敗することをどの程度避けたいかが関係します。
特に重要なのは、成功する可能性が高い課題ほど、必ずしも成功に向かう動機づけが強くなるわけではないという点です。
成功への期待と成功の誘因価値
アトキンソンの理論では、成功に向かう動機づけを考えるうえで、成功への期待と成功の誘因価値が重要になります。
成功への期待
成功への期待とは、ある課題を達成できる可能性についての本人の認識です。
例えば、これまで何度も経験した仕事であれば、成功できる可能性を高く感じるでしょう。一方、初めて取り組む難しい仕事では、成功できる可能性を低く感じるかもしれません。
このように、成功への期待は、課題の難易度だけでなく、本人の能力や経験によっても異なります。
成功の誘因価値
成功の誘因価値とは、成功することが本人にとってどれほど魅力的であるかを表すものです。
アトキンソンのモデルでは、成功する可能性が高い課題ほど成功の誘因価値は小さくなり、成功する可能性が低い課題ほど大きくなると仮定します。
例えば、誰でも達成できるような仕事を終えても、大きな達成感は得られないかもしれません。反対に、難しい課題を自分の努力によって達成できれば、大きな達成感につながることがあります。つまり、成功への期待と成功の誘因価値は、反対の方向に変化すると考えられています。
成功しやすい課題は達成する価値が小さく、成功しにくい課題は達成する価値が大きい。
この関係が、課題の難易度と動機づけを説明する基礎になります。
なぜ中程度の難易度で動機づけが高まるのか
アトキンソンは、成功に向かう動機づけを、成功を求める動機の強さ、成功への期待、成功の誘因価値の組み合わせから説明しました。
このモデルでは、成功の誘因価値を「1-成功確率」として表します。
そのため、成功に向かう動機づけは、次の式で表されます。
- :成功に向かう動機づけ
- :成功を求める動機の強さ
- :成功する主観的な確率
- :成功の誘因価値

この式では、成功を求める動機の強さが一定であれば、成功確率が50%のときに、成功に向かう動機づけが最大になります。成功確率が高い課題では、成功への期待は大きいものの、成功の誘因価値が小さくなります。
反対に、成功確率が低い課題では、成功の誘因価値は大きくなりますが、成功への期待が小さくなります。そのため、両者が組み合わさる中程度の成功確率で、成功に向かう動機づけが最も高くなるのです。
これを図にすると、中央が最も高い逆U字型の曲線になります。
ただし、成功確率50%というのは、理論モデルから導かれる値です。
実際の仕事で成功確率を正確に50%に設定すれば、誰もが最も意欲的になるという意味ではありません。また、この式と図が表しているのは、成功を求める動機の働きです。人が課題に挑戦するかどうかを考えるには、失敗を避けようとする動機も考慮する必要があります。
成功への接近と失敗の回避
人が課題に取り組むときには、成功したいという気持ちだけでなく、失敗したくないという気持ちも働きます。アトキンソンの理論では、成功接近傾向と失敗回避傾向の両方が、課題への動機づけに関係すると考えます。
成功接近傾向
成功接近傾向は、課題を達成し、成功による満足を得ようとする動機です。
この傾向が強い人は、自分の努力や能力によって成果を上げることに価値を感じやすくなります。
先ほどの数式と逆U字型の図は、この成功接近傾向を表しています。
失敗回避傾向
一方、失敗回避傾向は、失敗に伴う否定的な感情を避けようとする動機です。
例えば、失敗によって恥ずかしい思いをしたくない、自分の能力が低いと評価されたくないといった気持ちが関係します。アトキンソンのモデルでは、失敗回避の動機も、中程度の難易度の課題で強く働くと考えられます。ただし、その働きは、成功に向かう動機とは反対の方向です。中程度の難易度の課題では、成功も失敗も十分に起こり得るため、失敗への不安が挑戦を抑える方向に作用することがあります。
一方、非常に容易な課題では、失敗する可能性そのものが小さくなります。
また、極めて難しい課題では、失敗しても自分の能力の低さだけを示すものとは受け止められにくく、失敗に伴う否定的な感情が小さくなる場合があります。このため、失敗回避傾向が強い人は、非常に容易な課題や、反対に極めて難しい課題を選ぶ傾向があると説明されます。
2つの傾向と課題の選択
アトキンソンの理論では、成功接近傾向と失敗回避傾向の相対的な強さによって、課題の選択が異なると考えます。成功を求める傾向が優勢な場合には、中程度の難易度の課題を選びやすくなります。
一方、失敗を避ける傾向が優勢な場合には、中程度の難易度の課題を避け、容易な課題や極めて難しい課題を選ぶ方向に働くことがあります。同じ難易度の課題であっても、成功を求める気持ちと失敗を避ける気持ちの強さによって、挑戦への意欲は異なるのです。
アトキンソンの達成動機理論の特徴と限界
アトキンソンの達成動機理論の特徴は、人の動機づけを、個人の動機の強さだけでなく、課題の成功可能性や成功したときの価値との関係から説明した点にあります。
この理論によって、成功しやすい課題ほど意欲が高まるわけではないことや、挑戦的な課題が必ずしも最も難しい課題を意味しないことが理解できます。
一方、この理論には注意すべき点もあります。まず、成功確率と誘因価値の関係は、モデル上の仮定に基づいています。実際の仕事では、成功する可能性が低いからといって、必ずしも成功の価値が高くなるとは限りません。
また、仕事への動機づけには、報酬や責任、仕事の意味、周囲からの期待など、さまざまな要因が関係します。さらに、成功への期待は、本人の能力や経験、課題に関する情報によっても変化します。そのため、同じ仕事であっても、人によって感じる難易度は異なります。
そして、動機づけが強いことと、実際に高い成果を上げられることも同じではありません。課題を遂行するための能力や知識、必要な資源が不足していれば、強い意欲があっても成果につながるとは限らないためです。
アトキンソンの達成動機理論は、仕事の難易度から人の行動を一律に予測するものではなく、成功への期待と失敗回避の働きを通して、課題の選択や挑戦への意欲を理解するための理論です。
アトキンソンの達成動機理論が示すもの
アトキンソンの達成動機理論は、人が課題に挑戦しようとする意欲が、成功への期待と成功したときの価値によって変わることを説明しています。
成功する可能性が高すぎる課題では、達成する価値が小さくなり、反対に成功する可能性が低すぎる課題では、成功への期待が小さくなります。そのため、成功を求める動機は、中程度の難易度の課題で最も強くなると考えられます。ただし、人の行動には、成功を求める気持ちだけでなく、失敗を避けようとする気持ちも関係します。
人が挑戦するかどうかは、仕事の難しさだけではなく、成功をどの程度期待し、成功や失敗にどのような価値を感じるかによって変わります。
アトキンソンの達成動機理論は、課題の難易度と人の動機づけの関係を理解するための視点を提供しています。
参考文献
- Atkinson, J. W. (1957). Motivational Determinants of Risk-Taking Behavior. Psychological Review, 64(6, Pt. 1), 359–372.
- Atkinson, J. W., & Feather, N. T. (Eds.). (1966). A Theory of Achievement Motivation. Wiley.
- McClelland, D. C., Atkinson, J. W., Clark, R. A., & Lowell, E. L. (1953). The Achievement Motive. Appleton-Century-Crofts.