SECIモデルとは
SECI(セキ)モデルとは、個人が持つ経験や知識が、他者との関わりを通じて共有され、新しい知識となり、やがて組織全体へ広がっていくプロセスを説明した知識創造のモデルです。
野中郁次郎氏らによって提唱された「組織的知識創造理論」の中心となる考え方の一つです。
会社には、マニュアルやデータとして残されている知識だけでなく、社員一人ひとりが経験の中で身につけてきた知識があります。
例えば、ベテラン社員が持っている仕事の勘、営業担当者がお客様とのやり取りの中で身につけた感覚、経営者が長年の経験から培ってきた判断力。こうした知識の中には、本人は確かに「知っている」のに、言葉では十分に説明できないものがあります。
では、そのような個人の中にある知識は、どのように他者へ伝わり、組織の知識となり、さらに新しい知識へ発展していくのでしょうか。 SECIモデルは、この知識創造の過程を捉えたものです。
SECIモデルの出発点、
「暗黙知」と「形式知」
SECIモデルを理解するうえで、まず押さえておきたいのが「暗黙知」と「形式知」です。
この二つの違いは、単に「言葉になっているか、なっていないか」だけではありません。
私たちは、知っていることのすべてを、言葉で説明できるわけではないからです。
暗黙知 __「知っている。でも、すべては説明できない。」
例えば、自転車の乗り方を考えてみてください。
自転車に乗れる人は、倒れないように身体のバランスを取り、曲がり、止まることができます。しかし、「身体を何度傾け、ハンドルを何度動かせば倒れないのか」と聞かれても、そのすべてを正確に説明することは難しいでしょう。反対に、自転車の乗り方をどれほど詳しく文章で説明されても、それを読んだだけで乗れるようになるわけではありません。実際に乗り、身体で感じ、失敗しながら身につけていく必要があります。
仕事にも、これと似た知識があります。
熟練した職人が、製品に触れた感覚からわずかな違いに気づく。営業担当者が、お客様の表情や声の変化から「今日はこれ以上押さない方がいい」と感じる。経営者が、数字や資料だけでは説明しきれない状況の変化を感じ取り、判断する。本人は確かに「何か」を知っています。
しかし、「では、それを全部言葉で説明してください。」
と言われても、完全には説明できません。
このように、経験や身体感覚、勘、価値観などと深く結びついた、言葉や数値だけでは十分に表現することが難しい知識が暗黙知です。
ただし、暗黙知を「絶対に言葉にできない知識」と考えるのも正確ではありません。暗黙知の中には、対話したり、振り返ったり、比喩や図を使ったりすることで、言葉や概念として表現できる部分もあります。一方で、経験や身体感覚など、言葉だけでは十分に伝えきれない部分も残ります。
つまり暗黙知は、単に「まだマニュアルになっていない知識」ということではありません。
人が経験を通じて身につけてきた、簡単には言葉に置き換えることのできない知識も含んでいる。
ここが、SECIモデルを理解するうえで重要な点です。
形式知 __ 他者と共有できる形になった知識
一方、形式知とは、言葉、文章、数値、図、マニュアルなどによって表現され、他者と共有できる知識です。
例えば、熟練した社員が製品を判断するときに、「ここを見る」「この数値を確認する」「この状態なら一度機械を止める」と説明できる部分を整理すれば、判断基準として他の社員と共有できます。
作業マニュアル、設計図、報告書、顧客データ、業務フローなども形式知です。形式知にすることで、個人の中にあった知識の一部を、多くの人が利用できるようになります。
しかし、マニュアルをつくったからといって、熟練者が持っている知識のすべてを移せたわけではありません。「この状態なら」という、その状態をどう感じ取るのか。どの程度なら問題なく、どこから危険なのか。想定外のことが起きたとき、何を優先して判断するのか。こうした部分は、実際の経験を通じなければ身につきにくいことがあります。
SECIモデルは、暗黙知をすべて形式知に変えるためのモデルではありません。
暗黙知と形式知が互いに作用し、行き来することで、新しい知識が生み出されていく。
ここからSECIモデルの4つの知識変換が始まります。
SECIモデルを構成する
4つの知識変
SECIという名称は、4つの知識変換プロセスの英語表記の頭文字から取られています。
共同化(Socialization)
表出化(Externalization)
連結化(Combination)
内面化(Internalization)
重要なのは、4つを独立した作業として捉えるのではなく、知識が相互に変換されていく一連のプロセスとして捉えることです。

1.共同化(Socialization)
暗黙知 → 暗黙知
共同化とは、言葉だけでは伝えにくい暗黙知を、経験を共有することによって他者へ伝えていくプロセスです。
例えば、若手社員がベテラン社員と一緒に仕事をする。
若手は、説明されたことだけを学んでいるわけではありません。どこを見ているのか。どのタイミングで手を止めるのか。お客様のどんな反応を気にしているのか。想定外のことが起きたとき、どう動くのか。一緒に経験することで、言葉だけでは説明しきれない感覚や判断の仕方を少しずつ身につけていきます。いわゆる「背中を見て覚える」にも、暗黙知が伝わる側面があります。もちろん、それだけで人材育成が十分という意味ではありません。
重要なのは、言葉にできない知識は、経験をともにすることによって伝わることがあるという点です。
2.表出化(Externalization)
暗黙知 → 形式知
表出化とは、暗黙知を、言葉や概念、図、比喩などを使って形式知として表現していくプロセスです。
ここで注意したいのは、頭の中にある知識をそのまま全部文章に移す、という意味ではないことです。
例えば、ベテラン社員に、「どこを見て異常だと判断したのですか」「いつもと何が違ったのですか」「その感覚を別の言葉で表すとしたら、どうなりますか」と問いかけてみる。
対話を続けるうちに、「音がいつもより少し高い。」「振動の感じが違う。」「この状態になる前には、ここに変化が出ることが多い。」など、本人も明確には意識していなかった判断の一部が言葉になってくることがあります。
こうして、暗黙知そのものを完全にコピーするのではなく、暗黙知との対話から、新しい言葉や概念を生み出していく。 これが表出化の重要な意味です。
3.連結化(Combination)
形式知 → 形式知
連結化とは、すでに存在する複数の形式知を組み合わせ、整理・編集することで、新しい形式知を生み出すプロセスです。
例えば、
- ベテラン社員から言葉として引き出された判断基準
- 過去の故障記録
- センサーから得られた数値
- メーカーの点検基準
- 現場の作業手順
などを組み合わせる。
すると、一人の経験から生まれた知識を、より体系的な点検基準や保全の仕組みへ発展させることができます。会議で異なる部署の情報を組み合わせて新しい計画をつくったり、社内外のデータを分析して新しい判断材料をつくったりすることも、連結化として捉えることができます。
すでに共有できる知識同士をつなぎ直すことで、新しい知識をつくる。 これが連結化です。
4.内面化(Internalization)
形式知 → 暗黙知
内面化とは、形式知を実際の経験を通じて、自分自身の暗黙知として身につけていくプロセスです。
マニュアルを読んだからといって、すぐに熟練者と同じ仕事ができるわけではありません。実際に仕事をする。失敗する。もう一度確認する。少しやり方を変えてみる。それを繰り返しているうちに、最初はマニュアルを見ながら一つひとつ確認していたことが、次第に自然にできるようになります。
そして経験を重ねれば、「今日はいつもと少し違う。」という、マニュアルには書かれていない変化にも気づけるようになるかもしれません。
形式知をただ「覚える」のではなく、実践を通じて自分自身の経験や技能として身につける。
そこで、また新しい暗黙知が生まれます。これが内面化です。
SECIモデルは、「4つの箱」ではない。
SECIモデルを学ぶと、「共同化・表出化・連結化・内面化の4つを覚えるモデル」と思ってしまいがちです。
しかし、本当に重要なのは、この4つの知識変換が繰り返されることです。
ベテラン社員と一緒に仕事をする。そこで得た経験について対話し、言葉にする。他のデータや知識と組み合わせ、新しい仕組みをつくる。それを別の社員が実際に使い、自分の経験として身につける。すると、その社員の中に、以前にはなかった新しい暗黙知が生まれます。
そして、その経験がまた誰かと共有され、新しい言葉や知識になっていく。

この循環によって、知識は単純に同じ場所を回るのではありません。
個人の知識が他者へ共有され、集団へ、さらに組織へと広がりながら、新しい知識が生み出されていきます。 これが「知識スパイラル」という考え方です。
知識創造を支える「場(Ba)
では、SECIの4つの知識変換は、組織の中で自然に起こるのでしょうか。
社員が同じ会社に所属しているだけで、互いの経験が共有され、暗黙知が言葉になり、新しい知識が生まれていくわけではありません。知識創造には、人と人が関わり、経験や考えを共有するための「場(Ba)」が重要になります。
ここでいう「場」は、単なる物理的な場所を意味するものではありません。
会議室や職場といった実際の空間だけでなく、人と人との関係、対話、共同体験、さらにはオンライン上の空間など、知識が共有され、意味づけられ、新しい知識が生み出されるための共有された文脈まで含む考え方です。
SECIモデルの4つの知識変換には、それぞれに対応する「場」が考えられています。

例えば、ベテラン社員と若手社員が現場で一緒に作業することは「創発場」になり得ます。
その経験について二人やチームで振り返り、「あのとき何を見て判断したのか」を話し合う場は「対話場」になります。そこで生まれた言葉を、過去のデータや既存のマニュアルなどと組み合わせ、新しい判断基準として整理する場が「体系場」です。そして、その判断基準を現場で実際に使いながら自分の技能として身につけていく仕事の現場は「実践場」になります。
つまり、「場」とはSECIとは別に存在する付属的な概念ではなく、知識変換が実際に起こるための土台と考えることができます。
大切なのは、立派な会議室や情報システムを用意することそのものではありません。
人が経験を共有できるか。
自分の感覚や考えについて対話できるか。
異なる知識を持ち寄って組み合わせられるか。
そして、生まれた知識を実際に試すことができるか。
知識創造が起こる「場」を、組織の中にどうつくるか。
SECIモデルを経営に生かそうとするとき、ここまで考える必要があります。
暗黙知は、
会社の中にある「見えにくい財産」。
会社の財産というと、設備、商品、技術、顧客データなどを思い浮かべるかもしれません。
しかし、会社の中には、数字や書類には表れにくい知識も蓄積されています。
長年現場にいる社員だから気づけること。お客様と何年も付き合ってきた担当者だから分かること。何度も失敗したからこそ身についた判断。経営者が長年会社を経営する中で培ってきた感覚。こうした暗黙知も、会社にとって大切な知識です。そして、それは必ずしもすべてマニュアルにできるものではありません。
だから、
「言葉にすれば終わり」でもなければ、「背中を見て覚えればいい」でもない。
一緒に経験する。言葉にできることを言葉にする。他の知識と組み合わせる。実際に使い、自分自身の経験にする。そして、そこから生まれた新しい知識を、また誰かと共有する。さらに、その循環が生まれるための「場」をつくる。
SECIモデルは、こうした知識の動きを通じて、
「個人が持つ知識を、どうすれば組織の知識へと発展させ、新しい知識を生み出し続けられるのか」
を考えるための理論です。
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参考文献
- Nonaka, I. (1994), “A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation,” Organization Science, Vol. 5, No. 1, pp. 14–37.
- Nonaka, I. & Takeuchi, H. (1995), The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press.
- Nonaka, I., Toyama, R. & Konno, N. (2000), “SECI, Ba and Leadership: a Unified Model of Dynamic Knowledge Creation,” Long Range Planning, Vol. 33, No. 1, pp. 5–34.
- Polanyi, M. (1966), The Tacit Dimension, University of Chicago Press.