人は何を求めて行動するのか
同じ仕事に取り組んでいても、人によって、やりがいを感じる場面は異なります。
難しい課題を解決したときに充実感を得る人もいれば、自分の提案によって周囲が動き、組織に変化が生まれることに喜びを感じる人もいます。また、仲間と協力し、良好な関係を築きながら仕事を進めることを大切にする人もいるでしょう。いずれも仕事に対する意欲ですが、その背景にある欲求は同じではありません。
人は、仕事を通じて何を得ようとしているのでしょうか。
こうした人の行動を動機づける欲求の違いを説明するのが、マクレランドの欲求理論(McClelland’s Theory of Needs)です。
マクレランドの欲求理論とは何か
マクレランドの欲求理論は、心理学者デイビッド・マクレランドによって発展した動機づけ理論です。 マクレランドは、人の行動を動機づける欲求に注目し、特に次の3つを重視しました。
達成欲求(Need for Achievement):
一定の基準に照らして、優れた成果を上げたいという欲求
権力欲求(Need for Power):
他者や周囲の状況に影響を与えたいという欲求
親和欲求(Need for Affiliation):
他者と良好で親密な関係を築きたいという欲求
この理論の特徴は、こうした欲求を生まれつき固定されたものとしてだけではなく、経験や社会的環境を通じて形成・発達するものとして捉える点にあります。
そのため、マクレランドの欲求理論は、学習された欲求の理論(Learned Needs Theory)とも呼ばれます。3つの欲求は、特定の人だけが持つものではありません。人は複数の欲求を持ち、その強さや組み合わせに個人差があると考えます。
同じ仕事や役割であっても、人によって異なる行動や意欲が生まれる背景には、こうした欲求の違いがあるのです。
達成欲求とは何か
達成欲求(Need for Achievement:nAch)とは、一定の基準に照らして、優れた成果を上げようとする欲求です。
単に仕事を終わらせることではなく、よりよく成し遂げること、自分の能力を発揮することに価値を感じます。 例えば、以前より品質を高めることや、難しい問題を解決すること、自分で設定した水準を達成することなどが、達成欲求と関係します。
達成欲求の強い人の特徴
マクレランドらの研究では、達成欲求の強い人には、いくつかの特徴があると考えられています。
一つは、自分の努力や判断が成果に結びつく課題を好むことです。
結果が偶然や他人の判断によって決まる仕事よりも、自分の行動によって結果を変えられる仕事に価値を感じる傾向があります。
また、成果に対するフィードバックを求める傾向もあります。自分の取り組みがどの程度うまくいったのかを知ることは、達成欲求の強い人にとって重要です。結果を確認することで、自分の能力や取り組みを評価し、次の課題につなげようとします。
さらに、成功が確実な課題や、達成がほとんど不可能な課題よりも、一定の挑戦を伴う課題を好む傾向があります。容易すぎる課題では達成する価値を感じにくく、難しすぎる課題では、自分の努力によって成果を得られる見込みが小さくなるためです。
このような課題の難易度と動機づけの関係は、アトキンソンの達成動機理論によって、さらに詳しく説明されています。
達成欲求と仕事の成果
達成欲求が強い人は、高い成果を目指して努力する傾向があります。
ただし、達成欲求が強いことと、組織の中で常に高い成果を上げることは同じではありません。
例えば、自分の能力によって成果を上げることを重視する人が、必ずしも他者を指導したり、組織全体を動かしたりすることに強い関心を持つとは限りません。
個人として優れた成果を上げることと、管理者として組織の成果を高めることでは、求められる行動が異なる場合があります。
権力欲求とは何か
権力欲求(Need for Power:nPow)とは、他者の行動や考え方、周囲の状況に影響を与えたいという欲求です。権力という言葉から、他人を支配したり、自分の立場を強くしたりすることを想像するかもしれません。
しかし、マクレランドの理論における権力欲求は、それだけを意味するものではありません。自分の考えによって人を動かしたい、組織の方向性に影響を与えたい、周囲に変化を生み出したいという気持ちも、権力欲求に関係します。
個人的権力と社会化された権力
権力欲求を理解するうえでは、個人的権力(Personalized Power)と社会化された権力(Socialized Power)という区別が重要です。
個人的権力は、自分自身の影響力や地位、優位性を高める方向に表れるものです。他者を自分の意志に従わせることや、自分の存在感を示すことが中心になる場合があります。
一方、社会化された権力は、組織や集団の目標を実現するために影響力を発揮する方向に表れます。例えば、組織の目標を示して人々をまとめたり、メンバーが力を発揮できる環境を整えたりすることです。
両者の違いは、影響力を何のために使うのかという点にあります。
権力欲求そのものが望ましい、あるいは望ましくないというわけではありません。権力欲求が、個人の利益に向かうのか、組織や集団の目標に向かうのかによって、その表れ方は異なります。
権力欲求と管理者の役割
マクレランドらは、管理者の動機と組織における行動の関係についても研究しました。
組織の目標を実現するためには、自分自身が成果を上げるだけでなく、他者に働きかけ、集団として行動を生み出すことが求められます。そのため、管理者の役割では、達成欲求だけでなく、権力欲求も重要になると考えられています。
ただし、権力欲求が強ければ、必ず優れた管理者になるわけではありません。 影響力をどのような目的で使うのか、また自分の行動をどの程度統制できるのかなどによって、組織に与える影響は異なります。
親和欲求とは何か
親和欲求(Need for Affiliation:nAff)とは、他者と良好な関係を築き、親密さや受容を得たいという欲求です。
親和欲求の強い人は、周囲との協調や人間関係を重視する傾向があります。例えば、仲間と協力して仕事を進めることや、職場で良好な関係を保つこと、周囲から受け入れられることなどに価値を感じます。
親和欲求の強い人の特徴
親和欲求の強い人は、他者との関係を大切にし、対立や拒絶を避けようとする傾向があります。そのため、協力的な関係を築くことや、集団の中で調和を保つことに関心を向けやすくなります。
一方で、人間関係を重視することが、難しい判断を必要とする場面で葛藤を生むこともあります。例えば、部下との良好な関係を保ちたいという気持ちが強い場合、厳しい評価や必要な指摘をためらうことがあるかもしれません。ただし、親和欲求が強いことと、他者への配慮や協調性が高いことは、必ずしも同じではありません。
親和欲求は、あくまで他者との関係を求める動機を表す概念です。
親和欲求と組織の関係
組織では、仕事の成果だけでなく、人と人との協力関係も重要になります。親和欲求は、他者とのつながりや受容を求める動機として、こうした関係に影響することがあります。
しかし、親和欲求が強いほど、あらゆる仕事や役割に適しているというわけではありません。管理者には、良好な人間関係を築くことに加えて、必要な判断を行い、時には対立する意見を調整することも求められます。そのため、親和欲求の強さだけで、管理者としての適性や成果を判断することはできません。
3つの欲求は、どのように関係するのか
マクレランドの欲求理論は、人を3つのタイプに分類する理論ではありません。人は複数の欲求を持ち、それぞれの強さに違いがあると考えます。
例えば、達成欲求と権力欲求の両方が強い人もいれば、達成欲求と親和欲求が強い人もいるでしょう。また、同じ行動であっても、その背景にある欲求が異なる場合があります。
例えば、チームのリーダーになりたいという希望には、より大きな成果を達成したいという達成欲求が関係しているかもしれません。あるいは、自分の考えによって組織を動かしたいという権力欲求や、仲間と協力して仕事を進めたいという親和欲求が関係している可能性もあります。
同じ行動が、必ずしも同じ欲求から生まれるわけではないのです。
また、3つの欲求は、マズローの欲求階層説のように、一定の順序で満たされていくものとして説明されているわけではありません。それぞれの欲求の強さや組み合わせが、人の行動に影響すると考えます。

マクレランドの欲求理論の特徴と限界
マクレランドの欲求理論の特徴は、人の動機づけを、単一の欲求や共通した段階だけで説明しようとしない点にあります。
同じ仕事や役割であっても、何に価値を感じるかは人によって異なります。また、欲求を経験や社会的環境によって形成されるものとして捉える点も、この理論の特徴です。
一方、欲求の強さを正確に測定することには難しさがあります。マクレランドらの研究では、物語を作成させ、その内容から動機を推定する方法などが用いられました。しかし、こうした測定には、評価方法や解釈に関する課題があります。
また、3つの欲求だけで、人の行動をすべて説明できるわけではありません。実際の仕事への動機づけには、報酬や評価、職場環境、能力、価値観など、さまざまな要因が関係します。さらに、特定の欲求が強いことと、仕事で高い成果を上げることは区別する必要があります。
欲求がどのような行動につながるかは、仕事の性質や本人の能力、組織の状況によっても異なるためです。
マクレランドの欲求理論が示すもの
マクレランドの欲求理論は、人の行動を動機づける欲求には違いがあることを説明しています。
優れた成果を上げたいという達成欲求、他者や周囲に影響を与えたいという権力欲求、良好な人間関係を築きたいという親和欲求。これらは、いずれも人の行動を動機づける欲求ですが、求めているものは異なります。
また、人は一つの欲求だけで行動するのではなく、複数の欲求を持ち、その強さや組み合わせにも個人差があります。同じ仕事に取り組んでいても、人によって、そこに見いだす価値や行動の動機は異なります。 マクレランドの欲求理論は、人が何を求めて行動するのかを、達成・権力・親和という3つの欲求から理解する視点を提供しています。
参考文献
- McClelland, D. C., Atkinson, J. W., Clark, R. A., & Lowell, E. L. (1953). The Achievement Motive. Appleton-Century-Crofts.
- McClelland, D. C. (1961). The Achieving Society. Van Nostrand.
- McClelland, D. C. (1985). Human Motivation. Scott, Foresman.
- McClelland, D. C., & Burnham, D. H. (1976). Power Is the Great Motivator. Harvard Business Review, 54(2), 100–110.