「管理職には、なりたくないです。」
将来は、管理職を目指したい?」
若い社員にそう聞くと、「いや、別に……」「責任が増えるのは、ちょっと。」そんな答えが返ってくることがあります。
出世より、自分の時間を大切にする。会社の飲み会にはあまり参加しない。仕事よりプライベートを優先する。「最近の若者は、欲がない。」そんな言葉で片づけたくなることもあります。でも、本当にそうなのでしょうか。
出世したくないことと、成長したくないことは、同じなのでしょうか。
「欲がない」のではなく、見えている欲が違う?
役職には興味がない。
でも、専門性は高めたい。新しい仕事は経験してみたい。資格を取りたい。自分のできることは増やしたい。もし、そんな社員がいたとしたら。「出世したくない」からといって、向上心や成長への欲求まで弱いとは言えません。
会社の飲み会には参加しない。
でも、気の合う仲間との時間は大切にする。社外のコミュニティには積極的に参加する。これも、人とのつながりを求めていないとは言い切れません。
もしかすると、
欲がなくなったのではなく、欲求を満たしたい対象や方法が変わっている。
そんな見方もできそうです。
人が求めるものは、本当に変わったのか。
人間の欲求を考えた代表的な理論に、マズローの欲求階層説があります。そして、その考え方を発展させたものの一つがERG理論です。
ERG理論では、人間の欲求を大きく、
存在欲求(Existence)
関係欲求(Relatedness)
成長欲求(Growth)
の三つから捉えます。
この視点から考えてみると、出世したくないから、成長欲求がない。飲み会に来ないから、関係欲求がない。給与より働き方を重視するから、豊かさを求めていない。そう単純には言えなくなります。
基本的な欲求そのものよりも、その欲求を何によって満たそうとするかが変わっているのではないか。
という問いが生まれます。
「出世」は、いくつもの欲を満たしていた。
かつて会社で出世することには、いくつもの意味が重なっていたのかもしれません。
給与が上がる。肩書がつく。周囲から認められる。より大きな仕事を任される。会社の中で自分の居場所ができる。「出世」という一つの道が、生活の安定、承認、所属、成長といった複数の欲求につながっていた。
ところが今は、学ぶ場所も、人とつながる場所も、自分の力を試す場所も、会社の中だけとは限りません。さまざまな働き方や生き方を知る機会も増えています。
だとすれば、
欲求がなくなったのではなく、「会社で出世する」という一つの道だけが、それを満たす方法ではなくなった。
そんな仮説も考えられます。
会社が用意した「欲」と、その人が求めるもの。
経営する側から見れば、「もっと給料が欲しい」「役職に就きたい」「大きな仕事を任されたい」という欲求は分かりやすいものです。会社も、昇給、昇進、権限といった形で応えることができます。
でも、「専門性を高めたい」「自分なりの成長をしたい」「会社の外でも通用する力をつけたい」という欲求は、従来の出世の道だけでは受け止められないことがあります。
そこで、「最近の若者は欲がない」と考えるのか。
それとも、「自分たちが用意しているものと、その人が求めているものが、少しずれているのではないか」と考えるのか。人の見え方は、かなり変わってきます。
その人は、何を求めているのか。
もちろん、若い社員を一括りにはできません。
世代による違いなのか。若さやキャリア段階による違いなのか。社会環境の変化なのか。一人ひとりの価値観なのか。簡単には分けられません。
だからこそ、「若者はこういうものだ」と決める前に、その人自身を見る。管理職になりたくない社員に、出世の魅力を伝えることだけが答えとは限りません。その人は、何を成長だと感じているのか。何を大切にしているのか。
会社の仕事と、その人が求めているものは、どこなら重なるのか。人を育てるとは、会社が望む「欲」を持たせることではなく、その人の中にある欲求と、会社が目指す方向が重なる場所を探すことなのかもしれません。
「最近の若者は欲がない。」そう感じたときこそ、
その人は、本当に何も求めていないのか。
もう一度、そこから考えてみてもいいのではないでしょうか。
POINT
この記事のテーマは、「マズローの欲求階層説」と「ERG理論」につながる考え方です。どちらも、人を動かす欲求を考えるための代表的な理論です。
目に見える行動だけから「欲がある・ない」と判断するのではなく、その背景にはどのような欲求があり、それを何によって満たそうとしているのか。そう考えることで、人を見る視点を少し広げることができます。
→ 「ERG理論」とは ※今後掲載予定